あるSAPS経営から
成果主義・能力主義とは一体何なのかというと、簡単にいえば、「成果が上がった社員の給料を増やしましょう。パフォーマンスの悪い社員の給料を減らしましょう。能力のある人を抜粋しましょう」という人事制度です。
要するに多くの日本企業がすでに導入したり、導入を検討したりしている成果主義・能力主義は、社員の能力を個々に評価しようとするものです。その背景には、社員に能力があるかどうか、それを発揮できるかどうかは、社員個人の責任であるという考え方があります。結果責任を社員側に押し付けているわけです。では、経営者は何をやっているのでしょうか。経営者は、成果を上げられる社員を採用することだけが仕事なのでしょうか。そんなはずはありません。
経営者には、社員の能力を開発し、仕事上で発揮させる責任があります。ですから、社員が成果を上げられなかった場合、経営者には、社員に成果をあげさせられなかった責任、あるいは成果を上げるために必要な能力を開発できなかった責任があるはずです。
その意味で、一般的にいわれている成果主義・能力主義は少し違うのではないかと私は思っています。しかし、私たちが間違っていると考えるのは、あくまでも「個人の成果主義・能力主義」であり、「組織の成果主義・能力主義」は必要だと思っています。つまり組織として能力をどう上げるかに重きをおいているということです。
これまで何度も述べてきたように、私たちは、企業間格差は個人の能力格差ではなく、組織の能力格差であると考えます。それゆえ、組織の運動能力をどう高めるかを重視しています。その観点に立つと、給与に対する考え方も変わってきます。
少し語弊があるかもしれませんが、私は経営者の給与ですら業績連動型にすべきではないと思っています。日本の一部上場企業の社長の平均的な給与は、年間3,000万円から4,000万円と言われます。3,000万円といっても日本の累進課税制度では40%の税金を課せられるので、社会保険料などを除くと、可処分所得は1,500万円くらにしかならないのではないでしょうか。
ベースがその程度では、額がちょっと上下したからといって、それがインセンティブになるかどうか疑問です。アメリカ企業のトップのように年俸30億円とか低くても数億円というのであれば、10%のアップやカットでも相当の違いになりますが、日本はそうではありません。ましてや、年収500万円、600万円の社員に、その1割を成功報酬として、上乗せするといったところで、それがどれほど大きなインセンティブとなって働きぶりに影響するのか、正直なところ私にはわかりません。
日本企業の従来の給与体系においては、社員の給料は生活費であると私は考えています。したがって、成果主義・能力主義の名のもとに、生活費を100万円単位で上げ下げすることは、本来やってはいけないことです。むしろ、会社の業績が少しくらい悪くても、社員の給料を毎年着実に上げていくのが経営陣の責任だと思うのです。
そもそも人件費を費用の一つとして捉えているために、人件費も事務用品費や交通費と同じように計算されて、これを小さくすることがいいことだと考えがちになります。しかし本来は人件費が大きいことは経営者の誇りであって然るべきです。
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